-Hitman in Oblivion- その8:死刑執行


『聖域』にいる暗殺者には様々なタイプがいる。俺のように道具に頼る者、猫人間のように魔法を使う者、そしてこの…オークのように力任せに追行する者だ。彼は『仕事』の際にターゲットに声をかけるのが好みのようだ。



「…例えばあれっきりなんだが、幼い北方人の少女をバースディパーティで殺す契約があったんだ。彼女は俺が道化師なのかって聞いてきたんだぜ!」
鎧に身を包んだ暗殺者、Gogronはおかしそうに話しながらエール酒をあおった。
「それで、俺は言ったんだ。『いいや、俺は死のメッセンジャーだ』ってな。そいつの顔は見ておくべきだったぜ!ハハハハ!どう見ても6歳に見えなかったな!」
聞くに堪えず、俺は席を立ち上がった。ターゲットに差別をつけるつもりはないが、酒の肴にする話でもない。Gogronは席から離れる俺に声をかけた。
「おや、仕事かい?ハッピーハンティング、ブラザー!(良い狩りを、兄弟!)」






「仕事をする用意はできているか?今回は熟練した侵入の腕前が要求されるだろう。…よろしい、いつもながら私を失望させることは無いのだな。お前の獲物はValen Drethという名のダークエルフだ。奴は牢獄の中は安全だと考えている。悲劇なまでの勘違いだ」
つまり今回の任務地は牢獄か。普段、俺にとって墓場と同じくらい近しい場所だ。
「侵入の方法だが、ある囚人が最近牢獄から逃げてきたのだ。Imperial City下水道へと続く一連の秘密のトンネルを使ってな。内部へ進む完璧な方法だ」
Imperial Cityの牢獄は一部に通行の制限があり、鍵を持った人間でないと内部から侵入するのは難しいとの事だ。全員が同じ鎧を着ている警備兵の中から、その鍵を見つけるのも難しい。
「Valen Drethは長年にわたり収監されている。奴は口は上手いが、軟弱でひ弱な奴だ。奴なら簡単で愉快な殺しを楽しめるだろうな」
…そういう事はGogronに言ってくれ。俺の趣味じゃない。


Vicenteと契約を済ませたあと、猫人間から道具を買いに行った。ここの女主人Ocheevaは『仕事』に必要な道具は彼から調達できると離していた。



俺は本を読んでいた猫人間―Dar―に道具を売ってくれるよう頼んだ。彼は苛立ってそうに顔を上げながら答えた。
「…一つだけはっきりさせておこう。お前のことは好きになれん。教義に背くので殺さないだけだ」
俺は黙って聞いている。Darは「道具なら売ってやる。しかしOcheevaがそうしろと言ったからだ。組織には必要ない…部外者など」
俺は「強力な毒が欲しい。食べ物に使える物をだ」とだけ話した。Darは黙ってリンゴを差し出し、いくばくかの金貨を要求した。どうやら毒リンゴのようだ。


リンゴを荷物にしまい、Darから別れる際、後ろで「くせぇ家畜が…」と呟くのが聞こえた。






Imperial Cityに訪れるのはこれで3度目だ。以前、馬で渡った石の橋を今度は自分の足で渡りながら湖を横断する。Vicenteの指定した下水道の入り口はすぐこの先にあるのだが、侵入する前に調達しなければならないものがある。



まず最初に正面からImperial Cityの刑務所へと入った。Cyrodiilでは囚人への面会が24時間いつでも認められているので、俺が入ってきたところで大して気に留められなかった。



俺がここに来たのは警備兵の鎧を手に入れるためだ。刑務所内の鍵は一部の兵士しか持っていないため、侵入には使えないが。
しかし武器庫の巨大な門には鍵がかかっていて、隠れながらのピッキングは簡単じゃ無さそうだ。門の隙間から覗くと、屋根から侵入できそうだ。



武器庫は兼倉庫となっているようで、様々な荷物が寄せられていた。裏にまわると屋根へ続く階段を見つけた。




武器庫上の見晴らし用の屋上から飛び降り、ピッキングで扉の鍵を開けて中に入った。

中は刑務所の一角だからか、大した量の武器や鎧は置いていなかった。それでも警備兵の鎧に返送するための防具を集め始める。



結局、兜と盾しか見つけることができなかった。…武器庫に入ったのは失敗だ。
仕方ない、本人達から頂いてくるしかないようだ。



真夜中に刑務所を訪問したかいがあって、ほとんどの警備兵は寝静まっていた。詰め所に侵入して、兵士の寝室へと入る。



寝ている兵士の1人から、荷物をピッキングして奪った。手間はかかったが、これでようやく警備兵に変装できる。



「よお、見回りかい?ご苦労さん」
刑務所から出る際、門番の兵士が穏やかに挨拶までしてきた。警備兵の兜は顔の大部分を隠せるため、暗い夜に俺の顔をごまかすのは難しいことじゃなかった。






改めて下水道へと侵入した。下水道の門には鍵がかかっていたが、Vicenteから借りた鍵であっさりと開いた。彼がどうやってこの鍵を手に入れたかは、考えるだけ野暮だろう。



下水道を通るのはAmericaにいた頃にもよくあった事だ。気をつけなければならないのは汚水で滑る床とたまにいる凶暴なネズミだ。…ここのネズミはでかい上に全て凶暴なようだが。



下水道といっても構造はAmericaのそれほど複雑ではないようだ。刑務所あたりにつながっている梯子を発見し、静かに昇る。



マンホールから出ると、たいまつの光が通路の奥に見えた。静かに近寄ってみると、警備兵が2人、話をしているようだった。
俺の背後にはマンホールしかない。ここから出て行くのは少々目立ちすぎるだろう。それに、ここはまだ刑務所ではなさそうだ。ロウソクなどの設置光が1つも無い。Vicenteの言っていた秘密の通路とはここの事なのだろう。

やがて話し終えた2人はその場で別れて、それぞれの持ち場へと戻っていった。俺も静かに動き出した。Americaにいた頃の実力を発揮する時だ。



まるで遺跡のような通路を、警備兵の目を盗みながら闇から闇へと移動していく。Americaにいた頃はこれで後はサイレンサー付きのピストルがあれば誰でも暗殺できたものだ。



だがCyrodiilには代わりに威力の低いクロスボウと弓があるだけだ。相手を眠らせるためのクロロホルムもない。絞殺用のワイヤーもだ。しかもCyrodiilの住民の肉体レベルは俺を遥かに超えている。俺にできる最良の業は、見つからないことだ。闇から闇へと…。




やがて遺跡風の通路からトンネルのような土の通路を発見した。ようやく到着のようだ。奥へ進むと石造りの牢屋になっていた。
奥から話し声が聞こえてくる…。
「認めざるを得ないが、寂しくなるぜDreth。夜中に騒ぎ出したり、お前の哀れなすすり泣きが聞けなくなるなんて…」
すぐそこにターゲットがいるようだ。話しているのは警備兵か。



牢屋の中に入り、通路からの死角に隠れて2人の会話を観察した。牢屋なのに通路からの死角があるのは、きっと秘密の通路があるせいだろう。牢屋内に人のものと思われる骨の一部が落ちていたが、誰かがいた形跡はない。


やがて会話が終わり、警備兵はどこかのドアから出て行く音が聞こえた。俺はDrethに見つからないように牢屋から出て、さも正規のドアから入ってきたようにDrethの前に現れた。
「お前がDrethか?」
「なんだよアンタ。いやそれよりいつの間に入ってきたんだ?」
「ついさっきさ」
Drethの質問を適当に流し、俺は荷物袋からいくつか食料を取り出した。
「俺たちからの差し入れだ。もうすぐ出所と聞いた。食い逃げでここに戻ってこないように、夕飯の余りを持ってきたぞ…」
Drethは少しだけ疑いの目を俺に向けたが、俺の手にした食料を見るとごくりと唾を飲み込んで鉄格子の隙間から手を伸ばしてきた。



「フン、どうせならさっさとこの牢屋から出しやがれってんだ!残飯なんか持ってきやがって、俺はお前らと違って豚じゃねぇんだ、このImperial Cityの豚どもめ…」
悪態をつきながらDrethはカットチーズをむさぼるように食べつくした。続いてリンゴに大きくかじりつくのを見て、俺はその場から離れた。後ろからDrethが呼びかけるのが聞こえた。
「おい、一応礼は言っとくぜ!だが次は熱々のフィッシュステーキを頼むぜ!へっへっへ…」



秘密の通路がある牢屋には戻らず、俺はドアを探してそこから出ようとした。
その時、後ろから咳き込むようなDrethの声が聞こえてきた。
「ゴホッ…ゴホッ…おい、お前…ゴホッ…まさか…Night Mother…の…」
リンゴの毒によって急速に弱弱しくなる声が完全に静かになるのを待ってから、俺はドアを開けた。



ドアを出た先は刑務所の受付だった。受付もその場にいた兵士も俺の事を見たが、特に怪しむ様子はなかった。俺が苦労して警備兵の変装をしたのはこのためだ。侵入はともかく、脱出は内部から直接できるはずだ。だが面会人という立場でDrethに会えば、やがて死体を発見する警備兵は最後に会った俺を警戒するだろう。警備兵に扮すれば、刑務所から街の外へ出て行くのはたやすい。



「よお、見回りかい?ご苦労さん」
2度も同じ方向を通った俺に気づかない門番を無視して、俺は刑務所を後にした。



そして下水道の入り口へと戻り、湖に浮かんだ適当な岩場を選んで警備兵の鎧からいつもの服へと着替えた。鎧は湖に沈めたが、封鎖されていると思い込んでいる下水道と刑務所は、そう簡単には繋がらないだろう。



後始末をしてCheydinhalへと戻る頃には、もう夜が明けようとしていた。
任務成功だ。『聖域』へ戻るとしよう。